忘れる

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忘れる。

忘れる。

2020/10/10

 

高島市の放課後等デイサービスみんなの木で働くスタッフです。

 

大学の時は、英語の教員免許を取得するために教職課程を履修していました。

教育学を学ぶ上でかならず一度は名前を聞く、「エビングハウスの忘却曲線」。それを提唱したエビングハウスさんはとってもいい言葉を残しています。


「人は、忘れる生き物である」


本当にその通りだと思います。

私達のような職種の人間は、立ち振舞いや言葉遣いはいつも子ども達のお手本でなければいけないと思っていますし、もし少しでもそうできなかった場面があるととても落ち込みます。

 

でも、忘れないことってとっても難しくないですか?おとなでも。むしろおとなの方が絶対にいろいろなことを忘れていますよね。でも、エビングハウスさん、おとなとか子どもとかそういう垣根を超えて包み込んでくれています。なのに、忘れ物のこと、何かを忘れてしまったこと、それを子どもにあーだこーだ言うことのどこに美学があるのかと、つくづく思ってしまいます。

 

思い返せば、自分の経験則で子どもに強く求めてしまっていることって他にもないかなと。自分が同じ年の時に困ったからや、自分がおとなになってから後悔したからなど・・・大抵の事案は、そこを熱心に伝える情熱と子どもたちの冷めた目との温度差でぬる〜い結果に終わります。それでも伝え続けていこうと思える原動力は一体どこにあるのか?それは「どれだけがんばっても完璧に忘れ物をすることなんてできない」という揺るがない事実にあると思います。

 

欲しいものを手に入れたとき、大体それを欲しかった理由は忘れてしまっているものです。文字通り、それを手に入れるために使った労力、情熱全部心がなくなったように失われていくのです。でも、スケジュール帳やリマインド、手にメモ書き、私たちは日々忘れ物に対して万全の対策を取ります。でも忘れます。人間ってなんて愛おしいんでしょう。多少の忘れ物のレベルは誰にでもあると思いますが、障がいを持っていると言われている子はより忘れ物が顕著だと言われてしまうことがありますね。でも、「完璧に忘れない人なんていない」と実感すると、子ども時代の忘れ物なんて、長い目でみたらかわいいなと思うようになりました。もちろん、私たちは仕事で子ども達と関わっているので、記憶に長く留めておけるような認知トレーニングをしたり、専用のノートを作って、家に帰る際の忘れものがないか一緒にチェックしたりもしています。でも、みんな「忘れる」んですから。自分がどう頑張っても完璧にできていないことに対する声掛けを、もっと上手にできるようになればなと思う日々です。

 

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