左利きでもいいじゃない

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左利きでもいいじゃない

左利きでもいいじゃない

2020/09/15

 私は、生活する上での利き手は左手です。箸やペンを持つ手、スマホを持つ手、ものを取るときにとっさに出る手、洗濯ものをハンガーにかける手、泡石鹸をのせる手・・・

 幼い頃から(今でもたまに)「左利きって珍しいからうらやましい!」と言ってもらえるのが鼻高でした。マイノリティ上等。キムタクが右利きなのにあえて右手に腕時計をつけているのを知り「つけてる手おんなじやん」と勝手に嬉しくなり、さらにその理由が「平和の象徴」と聞いて「一生あなたと一緒に右手に腕時計をつけ続けます」となぞの忠誠心をキムタクに誓ったこともあります。 

そんな感じで、マイノリティならマイノリティなりの楽しみ方がある。そんな風に今では思えるようになりました。

 でも、そんな左利きが自慢に思えるまでには地味〜に長〜い道のりがありました。

 私の祖母は昭和初期生まれの昔かたぎの人です。幼いころは祖母に左利きのことを「ぎっちょ」と言われからかわれました。祖母の前で勉強をするのが大嫌いでした。

 私の母は、「将来のために」と何度も私の右利きへの矯正を試みていました。母は私に教師になって欲しかったので、「黒板を書く時困るよ」、「生徒のお手本となる人が左利きなんて」と言われ続けました。その結果、生活面では左利き、そしてスポーツはなぜか右利きになってしまいました。ボールを投げる、野球のバット、テニスのラケットはすべて右で持ちます。(なぜか卓球のラケットとバドミントンは左のままでした)道具を持つときにいちいち混乱するので、それらのスポーツはとても苦手になりました。

 おとなになって、みんなの木で働くようになって、左利きで困ることと言えばホワイトボードを書く時くらいです。しかし、「それなりに読める字の書き方」は何度も練習してできるようになりました。でも、あの時無理に右利きに矯正されることがなかったら、今感じている「苦手だな」と思うことも減っていたのかなと感じることがあります。

みんなの木に来ている子も、もともと持っている大切な個性を、おとなの客観視でねじまげてしまっては絶対にいけないなと思います。「変わりたい」ともし子どもたちが思う瞬間があるなら、そこにしっかりと寄り添っていきたいと思います。

 自分が自分の「だいすき」と思える部分を見つけていける施設でありたいなあ。いつまでもそんな気持ちを忘れず今日も頑張って働きます。

(F先生)

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